Memo

デジタルと建築と音楽

Post_006

171219

 「僕もあまり思想の本は読まなくて、どちらかというと作品集や写真イラスト多めな本を読むよ。各々の建築家が私論を述べつつ作品紹介するようなもの。島田陽はとても好き。

思想のやつだと青木淳の「原っぱと遊園地」は面白かったかな。僕も思想の話をきちんと理解するために読もうと思ってるのがさっきの本なので一緒に勉強しましょう。それから、そういう本を読んでいて思うのだけれど、やはり建築史はかなり大切で、授業ちゃんと聞かなきゃなぁと思うのだけれど寝てる。笑

言語の話に戻ると、建築家の対談や話し合いなんかをyoutubeで探してみてみるのはどうでしょう。ライブ感のある(つまりは原稿を読むという意味ではないというところ)の場所で口から出てくる単語は、文章にするよりその人の本質を表してるから、まさに建築の言語という気がしてる。今回の講評会での発表者が、プレボは綺麗なのに、先生とのやり取りが不恰好たったのはそういうところなのだと思ってる。言語化出来るまで考えこんでいないというか、言語が身に沁みこんで居ないというか。ぼくが最近みて面白かったのは藤村りゅうじとライオン建築事務所?の島田さんが話していた回かな。

でもそもそも言語も大事だけれど、という話をもう少し続けようと思いますこの機会なので。

まず考え方の順序があって、物事の理由を考えるのを大事にしてます。例えば敷地が二分されているのでつなげました(という人が今回の設計は少なからずいたと思うのだけれど)とした時、それはなぜ?という話。空間がつながることでこんな魅力的な場所になります!という、ツリーで言うと葉に向かう方ではなくて、幹に向かう方、つまり「元々はロの字校舎で、半分の広場はそもそも学校だった」「それぞれの広場は現状有効利用されていない」というところ。こうやって物事を遡ることがとても大事で、安直に現状こうだからこう解決しました、という話はすこしつまらないなぁと思います。考えた上での話として聞きたい。きっとそれをすることがコンセプトを考えるのに繋がってくると思うし、ひいては思想の話にも繋がるのではないでしょうか。

長々と失礼。
こんなことを普段から考えてるよ」